一面下を駆け抜ける半世紀




ほとんどの新聞(日刊紙)の朝刊の一面の下に、署名のないコラムが載っています。
(↓赤で囲んだ部分)





いまや、新聞の大きいめの記事やコラムには記者/筆者/投稿者の名が記載されているいることが多く、
誰が書いてるのかわかるものなのですが、



この一面下のコラムだけは、どの新聞でも無記名。



新聞読んだことないんやけど、どんなコラムなんや、って?

ここに書かれる内容は時事に関する雑多なものが一般的。

ただ、文字数がかなり限られているうえに、それの知識のない読み手でも理解できるように書く必要があるので、
執筆者の腕の見せ所でもあります。
このコラムだけは改行がなく、代わりに記号で代用するなどの独特さも。



朝日新聞なら「天声人語」、読売新聞なら「編集手帳」、毎日新聞なら「余禄」というタイトルがつけられています。
特に「天声人語」は大学入試でよく出題されるので、チェックしてた(元)受験生もおられるでしょう。




そんなある日の朝刊の一面下コラムに、珍しくバイクのことが書かれていました。



これは、京都新聞の「凡語」。







80年代のバイクブームのころから2020年ごろの現在までの変遷と、その先の未来予想がギュッと詰まっています。
バイクの知識が無くても、この文章から、ある程度時代を追えますね〜。



僕がバイクに乗り始めた95年は、2サイクルエンジンの250ccと、4サイクルエンジンの400ccが覇権を握っていた時代の終末期。
その翌年には大型二輪免許が解禁され、リッタークラスの大排気量バイクがどっと世にあふれていく…。



そして、「凡語」にあるように、次は電動バイクの時代へ…と行くのやろうか?
このコラムを読みながら、まだ見ぬ未来を思い描いたのでした。



記事引用:京都新聞 2021年9月25日付、11月17日付朝刊