日本の道路のはじまり




仕事で東京へ行ってきました。
せっかく上京したので、少しくらいは観光したいな〜と思い、立ち寄ったのがここでした。









前から来てみたかったんですよ。東海道五十三次の東の起終点、日本橋。
西の起終点は、われらが京の都の三条大橋ですので、これで両方を制覇できた〜と喜んでいました。



それにしても、噂に聞いたとおりの橋ですね。
日本橋川に架かる日本橋の上を太い首都高が跨いでいる…。
なんと無粋なんやろう。





日本橋を渡りながら、明治時代をほうふつとさせるガス灯や石造りの立派な欄干を眺めていただけでした。
そのときは。


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帰郷した数日後、上京する前に図書館で借りていたのに、表紙すらめくらず放ったらかしにしていた
小説の返却期限が迫ってきて、あわてて読まなくてはとページをめくった途端に衝撃が走りました。





小説の舞台が、僕が先日歩いた あの日本橋だったからです。
もちろん、そんなことは知らずに借りたんですよ。こんな偶然、あるんですね。



貪るようにページを繰ると、ストーリーと僕が見た光景が交錯し、複雑な気分になります。



何の気なしに撮った下の写真。







日本国道路元標

僕の立っていたまさにその場所が日本の道路の起点であるということ。



それから、下の写真の像。





これは、中国の伝説上の動物、麒麟。ビールのラベルにもなっている、あれです。


麒麟には本来 翼は無いんだとか。
ですが、この橋に麒麟像を飾ることが決まったとき、翼を付けることになったそうです。


ここから人々が日本中に飛び立っていく。だから麒麟の背中に翼をつけた、と。


日本橋にはそんな謂れがあったなんて。自分の無知が恥ずかしくなりました。


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1964年の東京オリンピックを記念して敷設された首都高

当時、完成を急いだのと用地買収が出来なかったとの理由で、
日本の道路の起点の上に道を通してしまいましたが、




2020年に開催される2度目の東京オリンピックを前に、
この部分の首都高を地下化して、日本橋の本来あるべき姿を取り戻す動きがあるそうです。



日本の道路に対する冒涜行為は、オリンピックに始まり、オリンピックに終わります。

青空の元に架かる日本橋が早く見たい。そして、麒麟の像のたもとで思いを馳せたいです。




参考資料:東野圭吾著「麒麟の翼」(講談社刊) p212