おのぼりやす、おくだりやす




僕の住む京都市には、台所など火をあつかうところに「火迺要慎」(ひのようじん;火の用心)のお札を貼り、
火の難から守ってもらう風習があります。



そのお札を授けてくれるのが、京都市内で最も高い標高924mをほこる愛宕山(あたごやま)の
山頂にある愛宕神社です。


積雪期以外は登頂可能で、ふもとの清滝から山頂の愛宕神社までの表参道(登山道)の延長は4km
適度な難易度から本格登山の練習にもってこいらしいです。




特に、7月31日の夜から8月1日の早朝までに愛宕神社を参拝すると
千日分の火伏や防火の御利益がある
とされます。

これを「千日詣」(せんにちまいり)といい、参道は夜通し数万人の参拝者で埋め尽くされます。




僕は永く京都に住んでいながら、千日詣どころか愛宕山を登ったことすらなかったんです。
今日が千日詣の日と気づいたのは7月31日の夕方。

久しく山を歩いていなかった僕は、自分の鍛錬も兼ねてちょっくらお札をもらいに行くかと
シグナスに乗り、家を出発したのは21時過ぎでした。




愛宕山のふもとの清滝へは交通規制のためバイクで行くことができず
手前の嵐山高雄パークウェイ入口の臨時駐輪場にシグナスを停め、臨時バスで清滝を目指します。

ちなみに車で行くと駐車場が狭いため車を停めるのに極めて難儀しますので、公共交通機関を使ったほうがいいです。
深夜0時までは嵐山←→清滝間は路線バスが往復していますのでね。



そうして愛宕山の表参道入口(登山口)に到着し、登り始めたときには22時15分になっていました。

では、行ってきますΣb( `・ω・´)







参道には数m間隔で40Wの裸電球が灯り、参拝者をいざなってくれます。

  


写真では感度を上げていますので明るく写っていますが、実際にはかなり暗く、
目が慣れてきても足元はもちろん、
すれ違う人の顔もぼんやりと見えるくらいの照度
です。


それが夜間登山っぽくて面白い。



参道といっても普通の山道ですので、靴はスニーカーよりもトレッキングシューズのほうが歩きやすいと思います。



山間部なので、街中に比べると暑さはマシです。
それでも、ノースリーブに短パンの軽装の僕は汗が止まりません。
もう全身ベッタベタ orz



休憩をしてしまうと次の足が出なくなりそうな気がして、ノンストップで、ただしゆっくりと歩を進めます。

参道は緩急が大きく、暗さもあり足元もおぼつかないですので
石などに生えたコケで足を滑られてる人も何人も見かけました。



参道には100mおきに手作りの標識が立っていて、それぞれ「○○/40」と書かれています。


最初の「1/40」を見たときは、これから先の長さにゾッとし、
「8/40」くらいで、まだ5倍も歩かなくてはならへんのかと早くも心が折れそうになってました。



だって思っていた以上にキツいねんもん。本格登山の練習に使うって意味がよくわかりますわ。

でも、ここんところ何かにつけて逃げの一方の己に勝つために千日詣に来たんやろ、と
自分自身を叱咤しながら歩を進めます。




登っていると、他の山の登山とは明らかに違う光景が目に付きました。
幼い子連れの家族がやけにいるんです。

子どもといっても小学生とかではないですよ。
夫婦揃って赤ちゃんを抱いたり背負ったりとか、
言葉もたどたどしい幼子とかがそこいらへんにいて山頂を目指しているんです。もちろん下りでも。

泣いて嫌がる子どもをなだめている光景も少なくありませんでした。



なんで深夜の山へ子連れで来んねん。おれでも結構ヘビーな行程と感じているのに。
子どもがかわいそうやないか。



…翌日の新聞で知ることになるのですが、
3歳までに千日詣をすると一生火の難に遭わないといういわれがあるんですって。
それでこんなにもファミリー登山組がいるんか…。
ってか、なんというムチャぶりや。言いだしっぺはどこや〜出て来いや〜(゚Д゚)




登山客は山ですれ違う見ず知らずの人たちでも「こんにちは」と挨拶を交わすのが一般的ですが、
千日詣では、下ってる人が登ってる人へ「おのぼりやす」と言い、
逆に、登ってる人が下ってる人へ「おくだりやす」と声を交します。

正直なところ、登ってる最中に「おのぼりやす」と声をかけられても、登るのにパワーを消費している僕は
声を返す余裕はないのですが、それでも言ってくださったからには何とか「おくだりやす」と声を絞り出します。




高度が上がるにしたがって、涼しくなっていきます。ふもとと山頂で気温が10℃も違うそうで、
真夏とは思えない爽やかさに包まれていました。




参道の後半にもなると所々で視界が開け、京都の夜景と、
同じ月に2回目の満月、通称「ブルームーン」が美しく輝いてましたよ。


  



平均登山時間2時間のところを、ノンストップで1時間40分で登頂。もうクタクタ。







ようやく参道が終わった〜と思ったら、最後の最後で長めの石段が待っていました。嫌がらせか orz


  



石段を登りきると、本当のゴール地点、愛宕神社に到着です。
時計は23時50分を指していました。もう寝る時間やん。


  



境内に入ると、そこには「火迺要慎」のお札を授かる人たちであふれ返っていました orz
とても深夜0時の山頂の光景と思えない。



お札を授かる列に並んでも、ちっとも進まない。どうなってんねん!と思ったら
一人で大量に購入…じゃない、授かってる方がいるんですわ。
親戚などから頼まれたとかもあるんでしょうか。
もしかしたら他所から参られた方が京都土産代わりに大量に授かってるってのもあるかもね。



ちなみに、僕の隣の列に並んでいた人は70枚も授かり、
某百貨店名で領収書を切ってもらってました。
店内のいたる所に貼る気やな〜。
って、授かりものを経費で落としていいのか?!



僕もお札を無事にゲットし、本殿をお参りし、さっさと撤収します。



境内だけでなく、山頂周辺の暗がりに目を凝らすと、
テントを張ってビバークしたり、東屋でイモムシのように寝転がっている人たちが大量に。
どうやら、ここでご来光を拝むようです。
日付が変わって0時半になってるやん。僕は朝まで待てへん。一刻も早く帰りたい。




下山を始めると、登りの苦労はどこへやら、跳ぶようにして一気に下ります。
そして、ほとんど途切れることなく登ってくる人たち。
こういう神事なんて年配者と問題の家族連れのためのものと思ってましたが、意外や意外、
若い人たちが多かったですね。学生の合宿集団みたいな一行もいました。



そんな彼らに僕は積極的に「おのぼりやす」と声をかけていきました。
登るほうのキツさを知っただけに、がんばれの意味もこめて。




ふもとに戻ってきたのは2時前でした。
往復4時間あまりの参拝はおわり、あとは臨時駐輪場まで送迎バスで送ってもらうばかり…。
が、いつまでたってもバスが来ません。


近くの売店のおばちゃん曰く、「次のバスは午前6時」 orz
帰りたいならタクシーを使うか歩くしかなく、僕は歩きましたよ。僅かな街灯しかない薄気味悪い峠道を(怖)。



帰宅したのは3時。
シャツを脱いだら全身汗疹(あせも)だらけでカユくてたまりませんでしたわ。



ま、それだけ苦労(?)して授かったお札なだけに、喜びもひとしお。
台所の目立つところに貼って一人悦に入ってます(笑)。

これで3年間(≒1000日)は愛宕山に登る必要はあるまい(笑)。




しかしデカいお札やな〜。