【LRT】チンチン電車復活大実験 |
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時は明治。平安時代から1000年余りにわたった都が東京へ遷都してしまった京都は、抜け殻のごとく寂れたといいます。
その京都を盛りたてなければと思った当時の府知事・北垣国道(くにみち)は、
若き技師・田辺朔朗(さくろう)に琵琶湖からの運河(疏水)を京都に引くことを命じ、
当時23歳だった田辺は見事に成し遂げます。
たった23歳でそれだけのことが出来るなんて…己を振り返ってみて、ため息をついてしまった(涙)。
それにより京都は水が潤い、運河により物流が栄え、そして水力発電を行い、
その電力でもって、ニポンで初めて電車(市電)が走りました。
京都の復活物語として京都市内の小学校に通った人なら必ず習う内容です。
その電車はチンチンと音を鳴らして走ることから「チンチン電車」と呼ばれ親しまれ、
以後長きに渡って京都市民の足となっていました。
それが廃止されたのは1978(昭和53)年。
車の普及による交通渋滞で路面電車である市電は邪魔者扱いされ、1981(昭和56)年の地下鉄開業へと時代は移ります。
僕は一度も市電に乗れずじまいでした。
そんな京都の市電を復活させようとする動きが出てきました。
市の広報によると「歩くまち・京都」をかかげ、車に頼らない環境にやさしい街にしようというのです。
何年か前に「京都市中心部まで高速道路を引き込みたい」と、車社会バンザイを公言していた市長の発言はどこへ行ったんや?!
誰から圧力をかけられたんか正直に言うたほうエエで(笑)。市長の家の場所は知っ(略)。
30年も前に「邪魔」といって廃止したのを翻してまで路面電車を走らせようというのですから、それなりに覚悟はあるのでしょうか…。
いや、ないな。今までの経緯を考えてみてもカッコつけに決まっています。
ま、京都市へ「重箱」の隅をつつきだしたらキリがないですので先を急ぎましょう。
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単純に路面電車を再現するだけでは能がありません。
富山市で成功したという環境への負荷が少ない次世代型の路面電車を京都でも採用しようとしています。
それがLRT(Light Rail Transit)です。車両のデザインもカッコよく、昔のモッサイ感じは全くありません。
それに先立ち、LRTを京都市内で走らせるとどうなるかという交通社会実験が
2007年1月24日10時〜13時に行われ、僕も見に行ってきました。
京都市内での交通社会実験は、嵐山の一方通行実験、五条坂の一般車締め出し実験に続いて3例目です。
さて、実験はLRT路線の候補のひとつとなっている「今出川線」、4.1kmで行われました。
そのルートを簡単な図にしてみましたので見てください。
「叡電」の出町柳駅と、「嵐電」の北野白梅町を結ぶ今出川通を、
LRTに見立てた市バスが西行き、東行きを10分間隔で計25便走ります。
↑画像をクリックすると別ウィンドウでも表示します。
4車線の今出川通の真ん中2車線をパイロンで仕切り専用レーン(単線)とし、そこをLRTバスが走行します。
単線ではLRT同士がぶつかってしまうので、何ヶ所か離合地点が設けられています。
このルートが選ばれたのは、↑の2つの電車路線と密接な関係があります。
「叡電(えいでん)」と「嵐電(らんでん)」と別の呼ばれ方をしていますが、
これらは愛称であって、実は共に京福電鉄の路線です。
過去に双方の路線を一本で繋げ、嵐山〜鞍馬の2大名所をダイレクトに結ぶ計画があったそうです。
今回の計画もそれの名残だと考えられています。
確かに、現状ではこの区間は時間の読めないバスしかないですので不便なんですよね。
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10時15分。実験が始まってまだしの出町柳付近にLEADと共に現れた僕は LRTバスを探しますが、見当たりません。 しかしおびただしい数のガードマン(総勢200名)と、 延々と続く赤や青のパイロン、 そして沿道のあちこちにいるマスコミや カメラを構えた一般市民たちの姿が 実験の実施中を物語っています。 思った以上に人出が多く、それだけ市民の興味を引く実験であることが分かります。 |
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河原町今出川交差点で待つこと数分、LRTバスがこっちに向かって走ってきました。 行き先表示板に青地で「LRT交通社会実験」を表示し、 専用レーンをゆっくり走ってきます。 それにしてもガードマンに囲まれたバス、なんだか物々しいやん(笑)。 などと感心している場合ではありません。 僕も慌ててLEADにまたがり、首からデジカメをぶら下げて走りながら撮影しつつ、 バスを追いかけることにしました。 |
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しかし、車線規制され片側1車線の今出川通は大渋滞。 |
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普段なら今出川通の河原町→烏丸間の通過など3分くらいあれば十分なのに、 今回は渋滞のためにちょっと動いては停まり…の繰り返しで、 普段の数倍の時間がかかり、やっと烏丸通に到達。 こんなに渋滞していた理由は、 烏丸今出川交差点が片側1車線なので右折できない先頭車両のために 後続がフン詰まりを起こしていたのです。 さらにLRTバスの離合地点のために全部の信号を赤にして LRTバスのすれ違いを最優先していた二重の原因です。 |
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事前に「今出川通の通行はご遠慮ください」と広報されていましたし、 交差点ごとにガードマンが「迂回にご協力ください」のプラカードを掲げていたのに 効果なし。 その渋滞に加担している僕は人のことをいえませんが(笑)。 LRTバスに引っ付くようにしてLEADで烏丸通を横断してると、 沿道から「LRT反対!」の声が。 地域の自治連合会が反対活動をしていてLRTバスが通るたびに シュプレヒコールを上げていました。 実効性に疑問があるとのことで、近くに張り紙がしてありましたので 写真に撮っておきました。 地域が不活性化するかどうかは僕にはどうとも言えませんけど…。 |
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上空がヤケに騒がしいと思って空を見上げると、ヘリが2機舞っていました。 ずっとバラバラと飛んでいるのでやかましいこと。 |
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堀川通を抜けると、パイロンがなくなり、 LRTバスは一気にスピードを上げ普通に走っていきます → 堀川〜千本間は実験未実施なんです。 この間だけ普通に走る意味がよく分かりません。 ひょっとして何かの政治的圧力が(以下略)。 そして千本通りから西に入ると、またパイロンがきれいに並べられ、 LRTバスはノロノロと走ります。 |
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学問の神様で有名な北野天満宮にはLRT停留所が設けられ、 公募で選ばれた市民らが乗り降りしてました。 そんな募集があったことなど、おれ知らんかったで! 知ってたら応募したのに!! |
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LRTバスは、普段20分かかるこの区間を、およそ半分の11分で走れた そうです。 見ていた感じでは至るところでガードマンの誘導を受け、 時間がかかっているように見えたのですが、案外スムーズに走れたみたいです。 結局、僕は調子に乗って実験区間である出町柳〜北野白梅町間を2往復もしてしまい、 交通社会実験が終了した12時半まで走り回っていました。 |
一般車の代表として感想を述べるなら、
京都市内の道は決して広くなく、昔からの通りの名残で交差点が多いので、渋滞対策をしっかりしないと、
必要があって走ってる車の通行まで妨げてしまいかねません。
それに、エコロジーをかかげる割にカネがかかるのが問題です。
「今出川線」の復活だけで326億円もかかるんですよ。貧乏自治体・京都のどこにそんな余裕があるというのでしょうか。
それならわざわざLRTなんかにしなくても、通りの真ん中をバス専用レーンにしてバイブリッドバスを使ったり、
もしくは線路が不要なトロリーバスを走らすだけでも十分効果があるんじゃないか、と思いました。
とにかく、最近の京都市のやり方は朝令暮改をたどっていて面白い(住んでる僕たちにとっては、たまったモンではないけど)ですので、
これからもどうか適当に見守ってくださいませ(笑)。
ただ、口先だけのカッコつけ自治体と笑われないようお願いしますわ。
参考資料: | 京都新聞2007年1月24日付夕刊 |
朝日新聞2007年1月25日付朝刊 |
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