オールダウン



199△年□月○日、23時。
店内に、静かに「蛍の光」が流れている。
この時間になると人通りもないので、客もいない。

そして今日も「その時」は、やってきた。


唐突に、マネージャー(MGR)の声が響き渡る。


「オールダウン!!」


僕たちは「サンキュー」と応じ、オペレーションクルーは、グリルやフライヤーのガスを切り、ウェイストや洗い物を始め、

カウンターパーソンは、メジャーメニューボードをブレックのに換え、キーバックと換えのパックライナーを持ってラウンドに行き、

マネージャーは店舗内にお客さんがいないことを確認した上で、店の自動ドアとシャッターを閉め、看板の電気を消し、POSのチェック。

それぞれが閉店準備に取り掛かった。
24時頃にはペイロールを切ってアップ出来るだろう…。
今日の仕事も無事終了や。


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専門用語を散りばめて書いてみました。
何のことか分かった人は、同じ経験をしてる「仲間」ですね。僕は「Aクルー」でした。

ほとんどの人は「なんのこっちゃ、えいまる ますます暴走したんか?」とお思いでしょう。
いいえ、僕はいたって正常です!!



↑は、僕のアルバイト経験の中で一番長く勤めた、最大手ハンバーガーショップの閉店時間の様子です。
大学生の3回生から卒業後までの1年10ヶ月間お世話になりました。


日本で1番店舗数の多い、このハンバーガーショップでアルバイトをしてみたいと思い立って応募し、その裏側をしっかりと見てきました。
スゴイなと思ったのは、何に対しても「マニュアル」があることです。

接客の方法や器具の扱い方やメンテナンスに至るまで、事細かにマニュアルがあります。
社外秘のそのマニュアルの厚みは電話帳並みでした(笑)。


店でハンバーガーを食べるとき、トレイに敷く紙(トレイマット)をじっくり見たことがありますか?
手の洗い方が書いてあったことがありますが、イン(就業開始)する時をはじめ、
1時間ごとに手を専用の石鹸(ティーペックスA)で洗い、
さらに「アルペットE」で殺菌。
正確には「ヒジから先」を洗います。モチロン爪の隙間も、専用のブラシで丁寧にね。


ハンバーガーを買いに行って、商品のお薦めなどされたことあることだと思います。
代表例として「ポテトはいかがですか?」、あれは「サジェスト」と言います。それにつられて買ったこともあるでしょ?
これもまたマニュアルどおり。


ミート(肉)を焼くグリルは、毎朝実際にミートを焼いてみて(両面同時焼きです)、
焼き上がりのミートの内部温度を測り、
その日のミートの焼き上がりの時間やグリルの温度を決定
します。


僕はオペレーションクルー(厨房でハンバーガーを作る人)でしたので、

オーダーが入るごとに、バンズストッカーとミートストッカーから、それぞれ 先にトースターで焼いておいたバンズ(パン)と、
やはり焼いておいたミートを取り出し


ドレス
(ハンバーガーを作る)し、ラップ(紙に包む)してから、Qイング(電子レンジで温める)して
「1バーガー、アップ
(ここでは、「できあがり」の意味)です」とカウンターに送る。


あ、「電子レンジ」の登場に「そんなことしてるの?!」って驚きましたか?


僕のバイトしていた時代は、たいていの場合、マネージャーが販売数の予測を立て
ミートやバンズ、ナゲット、フィッシュポーションのストックを作ってあり、スタンバイOK状態を保っていました。

だから注文してから商品が出てくるまでの時間(サービングタイム)が非常に早かったのです。
アツアツのハンバーガーには、電子レンジが貢献しているんですよ。


注文ごとにバンズやミートを焼き、出来立てのものを作ることは、「通常オペレーション」と呼んでいました。
今では、商品のクオリティーを高めるため、ストックするのを止め「通常オペレーション」が普通になっているようですが…。
昼のピーク時など、超忙しいときなどはこの限りではありません。


「ハンバーガーやポテトのストックはしょっちゅう捨てている」のって、聞いたことがあると思いますが、それも事実。
「ホールディングタイム」と呼ばれ、
ハンバーガー類で出来上がってから10分、ポテトで7分、アップルパイなどで30分経つと
ウェイスト
(廃棄)していました。

だから、出来る限りウェイストを減らすようにコントロールするのもマネージャーの腕の見せ所です。
ウェイスト率は1%未満だったと思います。

その中で群を抜いてウェイストが多いのはポテトです。ホールディングタイムが短いからで、
毎日kg単位でポテトのウェイストが出ます。

ポテトのホールディングタイムが残り少なくなり、ウェイストになりそうになったら「ポテトはいかがですか?」と客にサジェストするんです。

ちょっとでもロスを減らすための戦略ですわ!
ポテトの利幅が大きいのもありますが。


店に行ったら、メニューをよく見てください。
ポテトのLサイズで250円、Mサイズでも200円もしてますよ。
Lサイズは、かの食べにくくて有名な、「デカいM」と同じ値段なんですから。
原価はメチャ安やしね。そりゃ笑いが止まらんわ。
なので、セットで頼むなら、ポテトを選ばずナゲットを選んだほうがおトク感はあります。



1店舗における正社員が少ないのも特徴です(よそでも同じでしょうが)。
僕のいた店では、バイトを始めた当初は3人、後に売り上げが下がってきたので一人へつられて、2人でした。
あとは全員バイト。
バイトでも階級があり、それによって時給も違います。
バイトでも経験をたくさん積むと、マネージャーになれますし、
最高のランク(Aスイングマネージャー(A・SW・MGR))になると正社員の代わりに店舗の運営を任されることもあります。
そこまでさせるのです。
またバイトは高校生でもOKなので、僕のように20代のバイト君はちょっとついていけない点もあったように思います。


積極的な出店の甲斐あって、
いまや全国に3700店、休日には全店合計で500万食を売り、
年商数千億円の巨大企業、外食産業No.1
を独走し続けています。


僕のバイトをやめた後、このハンバーガーチェーンは他所と対抗するため、
ハンバーガーのセットを「バーガー類・ポテト・ドリンク」のスタイルを崩し、サイドオーダーを出来るようにしたり、
期間限定メニューや新商品を積極的に出すようになりました。
ミネストローネやサラダなどは僕のいた時代には無かったものです。


案外知られていませんが、チーズ抜きとか、ピクルス抜きなどのワガママな注文もOKです。
そういうオーダーの際は「C(チーズ)カット」「P(ピクルス)カット」などとカウンターから声がかかります。
そして、そのバーガー類には今ではこんなシールが貼られます。






ここでバイトをするようになってから、ファストフード(≠ファーストフード)をよく食べるようになりました。
バイトしてるからタダでハンバーガーが食べられるわけではなく、
店のクルールーム(休憩室)で食べるにしても、ちゃんと自腹切って買ってました。


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バイトをやめてからもちょくちょく店に遊びに行ってましたが、このGW明けに店の前を通ると、
あの「M」のマークが取り外されていました。
まさかと思ってると、数日前に重機が入り、僕の働いていた店は、2日前に跡形も無くなりました。


大量の出店の陰で、毎年、新規出店数の10%くらいの店舗が不採算店舗として閉店していってます。
天下無敵を思わせるこのチェーン店でも、例外ではないのです。


僕の働いていた時分でも赤字経営だったようなので、仕方が無かったのでしょう。
だいたい、道を挟んで向かい側にも、同じ店があること自体おかしいんやけど。


店舗には、出店順に通し番号が付けられていて、昭和45年に会社が設立し、
昭和48年に開店した、僕のいた店は「107」番でした。
3千数百もある店舗の中で、歴史ある老舗だったのです。


壊されていく店をじっと見てると、あのときの思い出がフラッシュバックしてきました。

深夜の閉店間際、カウンターに社員MGR1人、厨房は僕1人の、たった2人で突然舞い込んだ大量オーダーをこなし、
閉店後にクタクタの僕に「飲めや」といって、商品のコーラをLサイズのカップになみなみと注いでくれた、Sさん。

「おはよーございます」と店に出勤したときに、カウンターにいた社員MGRに向かって、0円の「スマイルください」と僕が言ったら、
顔をくしゃくしゃにしてスマイルしてくれた、Nさん。

ファーストイン(バイト初日)にミートの焼き方やハンバーガのドレスの仕方を教えてくれた、
年下だけど、バイト最高レベルの、A・SW・MGRだった、H君。

よく、おれの愚痴を聞いてくれた3つ年下のO君。

おれが一目ぼれをした、Mさん(当然、片想いのままでした)。

閉店後のクルールームで何時間もダベったこと。

会社設立以来 初となる「ハンバーガーを半額」にした日の昼のピーク時、1時間ずっとバンズを焼き続け、マシンと化したこと。

…そして、僕が店を去るときに、仲の良かったクルーたちが僕のために「ごくろうさん会」をしてくれたこと。


その「思い出」がなくなると思うと、なんだか切なくなり、ひとつの時代が終わったんやなと感傷に浸り続けたのち、
感謝の気持ちを込めて、心の中でつぶやきました。


「オールダウン」。



(2003.5.24)