PHSが鳴らなくて



皆さん、携帯電話(以後「K帯」)をお持ちですか。
もはや生活と切っても切れなくなったアイテム。街を歩けばそこかしこでK帯を手にしている人たちが。


そんな、ニポン国内におけるK帯の契約回線数が1億(!)を突破した、2008年1月初旬、
ある無線電話サービスが終了
しました。


NTT DoCoMo(現「NTTdocomo」;以後「ドコモ」)が展開していたPHSサービスの終了です。

僕もサービス終了日までお世話になりました。

今まで所持してきた無線電話は全てPHSで、現在の日常のネット接続もPHSでという僕にとってはさびしい出来事でした。


K帯とPHSは共に無線を利用した電話ですが、大きな違いとして、発達の歴史にあります。
K帯は、もともと大きなエリア(=面)をカバーする、無線機から派生したものであるのに対し、
PHSは、家の電話の親機を中心に小さなエリア(=点)をカバーする
コードレスホンを外へ持って出られる、というところから派生した点です。



PHSとは、「Personal Handyphone System」の略で、純国産の無線通信技術。
「簡易型携帯電話」などと言われていましたが、現在ではPHSが正式名称です。

その安っぽいニポン語名称と、「ピッチ」などというチャチい略称を含め、
すべてにおいてK帯より格下に見られた、ある意味不遇なメディアです。

実は無線通信によるテレビ電話も、メールも、フルブラウザもPHSが先駆となったことは
あまり知られていません。
通信技術にしてもかなり優れているそうなのですが、現状をかんがみると、どうも上手く活かし切れていない感じです。


以前はPHS事業者として、DDIポケット(現ウィルコム)、NTTパーソナル(現ドコモ)、アステルの3社が営業していましたが、
アステルは早々に事業から撤退、
そして、ドコモのPHSサービスが2008年1月7日をもって終わることとなったのです。
ここでドコモは、あたかもPHSの仕組みそのものが終わってしまう印象を抱く告示をしたことは、いやらしい限りだと思います。


たった1社となったPHS事業者であるウィルコムは今も新しいサービスを模索しているようですし。



そのドコモは、終了するPHSユーザーに対し、
自社の主力機であるFOMAを始めとするドコモのK帯への驚きの救済移行策を打ち出しました。
具体的には、ドコモのK帯を契約するなら5〜6万円する最新機種をもタダで差しあげますという、
すごいものでした。

僕は長年ドコモのPHSを所持して、救済策に乗っかることも出来たのですが、
あえてフェードアウトの道を選んだのです。


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そして、サービス終了が迫るにつれ、僕と同じ思いのユーザーたちが
「2ちゃんねる」内の、「携帯・PHS板」と呼ばれるカテゴリの中にあるスレッド(掲示板)、
「ドコモのPHSについて語ろう!」に集い、思い出話に花を咲かせていました。



サービス終了2時間前の、2008年1月7日22時


スレッドの「住民」(ユーザーのこと)が 最後に一花咲かせてやろうと、
おのおののPHS番号を晒し、お互いにワン切りをする「遊び」が始まりました。


それと共にスレッド内が活気付き、瞬く間にお祭り騒ぎとなりました。


ネット上に個人の電話番号を晒すのはご法度ですが、どうせあと2時間の命の電話番号

祭りに参加してみるかな。

僕も「ワン切りお願いします」とPHS番号を書き込みました。



途端、僕の傍らでずっと沈黙を保っていた PHSが「線路は続くよどこまでも」を奏でたのです。
たったワンフレーズだけ。

僕の書き込みを見てくれた人が、電話をかけてきたのです。
ディスプレイに表示された番号を検索してみると、紛れもなくドコモのPHSのもの。


その後も、スレッド上には絶え間なくPHS番号が書き込まれ、
「K帯への驚きの救済」を受けた人ばかりだろうと思い込んでいた僕は「同志」の多さに驚きました。



どこの誰かも分からないけれど、僕たちはドコモのPHSで繋がっていた。



何度も何度もワンフレーズだけ奏でる「線路は続くよどこまでも」。
いままでこんなに連続で電話がかかってきたことが無いよというぐらい、ずっと。

何十分も経たないうちにワン切りだけで着信履歴が埋まってしまいました(笑)。
もちろん僕からのワン切り返しも忘れません。

メアドも晒したら、メールもいただきました。

同時進行しているスレッドへの書き込みの勢いは増すばかり。みんな最後のときを楽しんでいるのです。

画像掲示板には何年も前に発売された、現役で使われているPHSの写真が次々に載せられ、
PHSを使ってる人なんて 居るわけないやんと思っていたのに……。

2ちゃんねる内だけでも、こんなにも自発的なPHSユーザーがいたんかと胸が熱くなり、
街中では決して見かけることが無かった、さらにマイナーであるドコモのPHSがしっかり生き続けていたことを知りました。



23時59分、ラストスパートといわんばかりに連続着信
こっちからお礼のワン切りをしようとしても、すぐに新たな着信があり電話がかけられない!





それまで取り憑かれたかのように着メロを奏で続けたPHSが不意に黙り込みました。

1月8日0時。サービス終了の時が訪れたのです。

自分のPHSに電話をかけても「使われておりません」の冷酷なアナウンスが流れるばかり。


本当に終わってしまった……。
電話をかけることも受けることも出来なくなったPHSを見つめ、放心状態に。
スレッド内にも終わったことへの感慨深いメッセージが並びました。
終了直前からフリーダイヤルなどに電話して、翌朝方まで通話状態で粘った猛者もいたようですけど(笑)。

僕と同じように
最終日までドコモのPHSを契約していたのは、全国で15万5300件

http://www.tca.or.jp/japan/database/daisu/yymm/0801matu.html
案外たくさんの人が残っていたんですね。


永遠に電話のかかってこないPHS、機種名:641Ssは電源を落とし、共に歩んだ記念として置いています。

充電がてら たまに電源をいれ、「線路は続くよどこまでも」を鳴らしてみて、
あの楽しかった ほんの僅かな時を思い出しています。


ありがとう、ドコモのPHS。さようなら、ドコモ。


(2008.2.18)