パパはペーパー限定解除
「たかが49cc〜」の更新が滞ってました。
コラムのネタは用意してあるんですけど、それを うまいこと文章で表現が出来ないもので…、苦闘していました。
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さて、ここで母親を登場させたからには、父親も登場させちゃうことにしました。
僕の父親は、戦後生まれではない、58歳。
趣味は日曜大工で、
それも、どう見たかって素人とは思えないほどの物を(それも廃材で)簡単に作ってしまう器用さです。
他にも「ゴルフ宅急便」専用のゴルフバッグ袋を裁縫して作ったり、
破れた服でも、見た目ではどこが破れたのか分からないくらい見事に縫い直したり、
前には衣類乾燥機をバラして、ドラムのベルト交換を自分でして、修理代が浮きました(笑)。
その器用さを母親が上手に利用して、自分の店の飾り棚などを作らせてます。母親のほうが一枚上手やね。
疑問なのは、その能力をどうして仕事に生かさなかったのかと言うこと。父親はホワイトカラーですからね。
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さて、本題。
その父親は、なんと、大型二輪の免許を持っているんです。
すげぇ!
…な、訳が無く、父親(以後、「オヤジ」と表記)が普通免許を取得した昭和40年までは、
「自動車の普通免許」を取得すると、もれなく(今で言う)「大型二輪免許」が
オマケでついてきていたんです。
今の「普通免許」に「原付免許」がセットになってるような感覚です。
現在のバイクの免許は、3種類・4区分
・原付 ・普通二輪 (小型限定(〜125cc)/限定なし(〜400cc)) ・大型二輪 |
ですけど、
当時はバイクの免許にかインしては、かなり大雑把だったようなのです。
詳しくはコラム「ペーパー限定解除、世にはばかる」をご覧ください。
↑この制度は昭和50年まで続き、
その後、「原付」、「自動二輪(小型限定(〜125cc)、中型限定・中免(〜400cc)、限定なし・限定解除(401cc〜)」の
2種類・4区分となる時代が20年余りありました。
※限定解除とは、「自動二輪・中型限定」を解除することからそう呼ばれていました。
オヤジが免許を取得した時分は、今のように千数百ccで、ノーマルのままで最高速が300km/h出る
モンスターバイクが幅を利かすなんて考えもしなかったんでしょう。
平和な時代やったんやなぁ。
いや、穴ボコだらけの地道ばっかで、バイクのようなタマが2つの乗り物なんて危なっかしくて乗ってられなかったかもしれませんね。
けれど、当時の「125cc免許」で、今のナナハンやリッターバイク、ハーレーでも乗れるのは
反則やろ〜。
「普通二輪」も「大型二輪」も教習所でカネ払ろてるのに怒られながら免許を取った僕にしたら、羨ましい、いや、憎い、
いやフザけてる!!!
「125cc免許」らしく、免許制度が変わっても、
125ccまでしか乗れへんようにするのがスジってもんやろう……。
国家権力に楯突きたくもなるわ、ホントにもー。
だから、「普通免許のオマケ」で付いて来た「大型二輪免許」に限って、
僕は「どんなバイクでも乗れる免許」と呼んでいます。
間違っても「大型二輪」とは認めへん。
100歩譲って、オヤジがバイクや車を乗り回しているのなら、許しましょう。
けど、オヤジは、この歳になっても「自転車が最高の乗り物」と言い、
免許を取って以来ほとんどペーパードライバー。
そのくせ、ちゃっかり免許の更新にはいそいそと行き、近眼のクセに視力検査を「運」だけで裸眼でパスし、
当然免許の色は、ゴールド。
免許証を身分証明に使ってるのかと思いきや、全く携帯せず、自分の引き出しにしまいっ放しという事まで判明。
そんなモン持っててもしゃーないやろ、返納しろ!って言っても、馬の耳に念仏。
ゴールド免許を手にするまで、苦労があった僕とは全然違います。
大した男ですよ。
そういう面ではオヤジを反面教師にしてます。
ちなみに、僕は超不器用ですorz。姿かたち、クセまでオヤジに似ているのに、
どうして肝心な部分は遺伝しなかったのかと苦悶してます(涙)。